Optimism Football !!
主にサッカー全般の話題を独自の観点で書いていきます
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田中隼磨、人身事故
マリノスの隼、田中隼磨が交通事故を起こしました(-д-;

田中が5日午後1時ごろ、横浜市の県道を横断中だった近くの老人を乗用車ではね、老人は肋骨骨折や頭部挫傷などで重傷

あいやー、えらいことです。
地域密着のJリーグ、サポーター第一の選手が事故を起こして
しまったことは、街の信用も無くなるし、まず家族の方々が悲しみます。
事故現場は信号機がない道路。事故原因は今、警察が調べています。
事故の報告を受けた横浜の左伴繁雄社長は
「所属選手がケガをさせてしまって申し訳ありません。
ケガから一刻も早く回復されることを願います。
本人の処分は状況をみて対応していきます」とコメントしました。

事故をしてしまえば、逃げるひともいるのに(Iさんとか)ちゃんと
事実を認め、正直にいるってことは、やっぱり責任感が強いんですね。

今回は残念でしたが一刻も早く被害者田中には立ち直ってもらいたいと願います。
hayuma
これから色々と大変だけど、頑張れ隼磨!!

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「神の手」後悔していない
1986年、メキシコW杯。
準々決勝のアルゼンチン対イングランド戦でマラドーナは
まさに神の手ゴールを決めました。GK、ピーター・シルトンとの
空中戦で左手を使い、ボールをゴールに入れたのは、もう、サッカーに
詳しくない人が知っているほど有名ですね。

問題発言されたのはアルゼンチンのテレビの新番組
『ラ・ノーチェ・デル・ディエス(10番の夜)』の中でのこと。あろうことか
「あのゴールを手で決めたことを一度も後悔したことはない、というのが事実だ。
ナポリでプレーしていた時にも、セリエAのウディネーゼ戦で同じようなことをやった。
ウディネーゼでプレーしていたジーコも『悪質なプレーだと思わなかったのか』
と尋ねてきたけど、何も思わないと答えたよ」

まぁ、このことで、ピーター・シルトンの引退試合に招待されなかったわけですが、
神の手はやられた方は溜まったモンじゃないですよねぇ
maradona

( ´,_ゝ`)

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熱々のフライドチキン美味かったなぁ(棒読み)
最近、俊輔がファミマのCMに出ていますね
ぎこちない俊輔の喋りかたもツボだったりしますw

「練習帰り、みんなで飲んだり食べたり」
・・・・、本で読んだのですが、俊輔は試合に出してもらう為に
毎日、グラウンドの照明が降りるまで一人居残り
練習をしていたといいます。ですから
「練習帰り、一人で飲んだり食べたり」

か、悲しい・・・・・・っ、悲しすぎるぜ、スンスケ・・・

「熱々のフライドチキン美味かったなぁ」
棒読みかよ!くそ!業者泣かせめ!wというか
俊輔って、とにかく棒読みですよね、棒読み(批判ではありません、ツッコミですw)

「今でも日本に帰るとファミマにいくよ!
いくよ!って俊輔に合わないと思いません?なにもそこまで明るいキャラ演じなくても・・・・・・
というか、代表戦のときってホテル抜け出してファミマに行くんでしょうか?というか行けるんでしょうか?

まぁ、こういうことで、俊輔出演のファミマのCMはツッコミどころ満載でした!w
CMだったら、カローラの小野ちんが一番楽しかったな
snske

↑営業スマイル全快のスンスケ氏(笑
超早熟の選手達
若くして、人々から「天才」「将来の日本のエース」
などと、もてはやされていたものの
大成せず消えていった選手はたくさんいますよね
小倉隆史、財前宣之、前園真聖、磯貝洋光etc...

彼らは皆、将来を嘱望され、そして消えていった選手たちです

しかし、超早熟と言っても、大きく分けて二つあります
1つは怪我によるもの、もう1つは慢心によるものです

小倉は、当時、将来のエースストライカーとして期待されていて
1年間、留学したオランダ2部のエクセルシオールでもチーム得点王
など結果を残して日本に帰ってきましたが
アトランタ五輪予選で大怪我、シーズンの大半を棒に振ってしまい
その後、チームを転々、現在はヴァンフォーレ甲府に所属しています

財前は、ユース時代、中田を凌ぐ評価を得ていて、Wユースでは
中田らがメンバーにいるなかで、ただ一人ベストイレブンに選出
世界でもそのプレーは評価されていました。
しかし、3度に渡る大怪我で、パフォーマンスが低下、欧州でも
出場機会に恵まれず、現在はベガルタ仙台で活躍しています

前園は、鹿島実業から横浜フリューゲルス(現在は消滅)に入団
アトランタ五輪では随所で大器の片鱗を見せ、マイアミの奇跡の立役者
となりましたが、高額の年棒を要求したり、素行の悪さを見せ
結局、98年W杯ではメンバーにも入れませんでした
それから、代表にも呼ばれなくなり、Kリーグへ移籍し、2005年
現役を引退しました

磯貝は、Wユース予選韓国戦で右足を骨折しながらも、得点し
現地のメディアでは「日本に恐ろしい選手が現れた」と国内のみならず
期待されてました。しかし、天才の気質なのか、問題児でもありました
Jリーグでも特別な活躍はできず、浦和レッズを最後に現役を引退
今は、プロゴルファーとして、第二の人生を歩んでいます


もし、彼らが順調に育っていたら、今、日本はどうなっていたでしょう

財前が中盤を支配し、磯貝がベテランとしてチームを牽引、前園がDF
ラインをズタズタにし、小倉がゴールの山を積み重ねる

サッカーに「たら、れば」は存在しませんが
彼らが青のユニフォームを着てプレーする姿を見てみたかった
僕はそう思います





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